【脱不幸論】自分だけの人生を。

自己理解、自己受容を通してなりたい自分になるお手伝いを。

いい人止まりの人の正体

優しいという評価はされつつ、いい人止まりの人っていると思うんです。

 

俗にいう無害くんですね。

 

かといって優しさでモテてる人もいるし、それって何が違うんだろうって思っちゃいますよね。

 

ここには明確に差があると思っていて、どういった理由で優しくしているのかが重要だと思っています。

 

つまりは、相手のためを思って優しい行動をとるか、自分が嫌われないために優しくするかの違いです。

 

なので今回の記事では、優しさのベクトルについて考えてみます。

 

優しさのベクトル

 

優しさを誰かに向けるとき、相手のためにしている時と、自分のためにしている時があります。

 

特に自己肯定感が低い人は、嫌われないように、自分を守るために相手に優しくしていることが多いです。

 

さて、普段の自分を思い浮かべたときにどういった理由で相手に優しくしていますか?

 

相手を思いやって優しくできてる人がどれくらいいるでしょうか。

 

多分ほとんどの人は自分のために優しくしているのではないかなと思います。

 

自分のために優しくする人は、あくまでマイナスを生まないために優しくしているだけで相手を見てなく、見ているのは自分です。

 

対して相手のために優しくしている人は、プラスを生む優しさを相手に与え、相手を見てコミュニケーションをしています。

 

当然、マイナスを生まないだけの優しさだと、いい人なんだけどなんか違う、いい人止まりになってしまいます。

 

それに対して、プラスを生む優しさはいい人だし、自分に対して色々としてくれるから素敵に見えてくるんですね。

 

これがいい人止まりかそうでないかの違いではないかと思います。

 

相手の幸せを願って行動を起こせる人になれるよう、僕たちは優しさのベクトルがどちらに向いているか、意識して生活していく必要があると思っています。