【脱不幸論】自分だけの人生を。

自己理解、自己受容を通してなりたい自分になるお手伝いを。

誰かに嫌われたら価値がないのか

こんにちは、たけうちです。
はじめましての方は、こちらの記事もご覧ください。

 

www.takeuchipsychology.com

 

誰かに嫌われることを恐れ、他人の顔色を伺っては迎合するような生き方をしてしまう。

それがストレスでもあり、自分らしく生きたいと願う反面、やはりその恐怖を拭うことができずに葛藤してしまうという人も多いのではないのかと思います。

 

それくらいに、他人に嫌われるということは欠乏感を刺激し、自分を不安にさせるものです。

 

そしていざ嫌われてしまうと、自分に価値がないかのように感じ、価値ある人間になるべく努力をするようになっていくというのが僕たち人間なのではないでしょうか。

 

そこで努力をしたければしても良いと思うのですが、誰かに嫌われたら自分には価値がないというその思い込みが正しいのかどうかを考えてみることも大切なのではないかと思うのです。

 

今回の記事では、誰かに嫌われたら価値がないのかというテーマでお話ししていきます。

ぜひ最後までご覧ください。

 

 

 

他人の評価で生きる人たち

誰かに嫌われたことによって自分の価値がなくなったかのように感じるのは、自分の価値を他人からの評価で決めているからです。

 

周囲に好かれていれば自分には人間的魅力があり価値があると感じ、好かれていなければ自分には人間的魅力もなければ価値もないと感じてしまう。

だから自分の価値を見い出すために、人に好かれようと迎合してしまい、結果良い自分を作り出してばかりの人生になってしまうのです。

 

価値とは観測者によって決まります。

なので、誰かにとってはあなたは価値がある場合もありますし、誰かにとってはあなたは価値がない場合もあるのです。

見る側面によって変わるものが価値というものなのに、1人の人間に嫌われたからと言って自分には価値がないと決めつけれるのはいかがなものでしょう。

 

観測者によって価値というものが変動するのであれば、僕たちは変わらぬ価値というものを見つけなければなりません。

そうすることによって、誰かの評価でブレない自分の価値というものが生まれるのです。

 

ではその変わらぬ価値とは何なのでしょうか。

それは、あなた自身のあなたに対する価値です。

 

自分に自分で価値を感じていられれば、誰かにどう評価されようと、ブレない価値を感じていることができるのです。

やはりそのためには、どんな自分も受け入れ、自分自身を愛するということが大切なのです。

 

ありのままの自分でいいという価値観が、自分に核を作り、他人に依存しない価値を生み出すことに繋がっていくのです。

 

嫌われても価値はある

そして何より覚えておきたいことが、嫌われることは当たり前であり、たとえ嫌われたとしても自分自身の価値が下がることはないということです。

 

例えば、コーヒーは好きな人も嫌いな人もいます。

コーヒーは美味しいですが、必ずしも万人受けするようなものではありません。

では、コーヒーが嫌われているという事実があったとして、コーヒーの価値は下がるでしょうか?

誰か一人がコーヒーは嫌いだと言ったら、それだけでコーヒーの価値が下がるのでしょうか。

 

好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌い。

ただそれだけのことで、コーヒー自体の価値は変動しないのです。

嫌いなのだとしたらコーヒーに価値がないのではなく、口に合わなかっただけなのです。

誰かに好かれているから価値があるわけでもなく、誰かに嫌われているから価値がないのでもなく、コーヒーはコーヒーであるから価値があるのです。

 

人もこれと同じなのです。

あなたはあなたであること自体にそもそも価値があり、誰かの好き嫌いといったもので価値が変動するわけではないのです。

誰か一人があなたを嫌おうが、それであなたの価値が下がることはありません。

その人の口に合わなかったというだけです。

 

どうしてコーヒーなどでは理解できているのに、自分のことになると価値がないなどと言ってネガティブに捉えてしまうのでしょう。

 

別に自分を嫌いな人がいたらいたで良いんです。

何故ならそれが当たり前だからです。

彼らが自分のことを嫌いだったとしても、自分のことを好きと思う人もいる。

それがデフォルトなのです。

 

自分のことを好きだと思ってくれる人を大切にすれば良いだけなのです。

コーヒーが嫌いな人に無理にコーヒーを勧める必要はありません。

紅茶でも緑茶でも、口に合うものを飲んで貰えば良いじゃないですか。

 

コーヒーを好む人にだけコーヒーを差し出す。

この当たり前の感覚を自分に落とし込みましょう。

 

価値があると思える生き方を

コーヒーと違うのは、僕たちは自分の意思で自分の価値を高めることができるということです。

 

コーヒーは誰かがブレンドをしたりして、他人に価値を変えてもらわなければなりませんが、僕たちは自分で自分をより良くし、自分で価値を高めることができるのです。

 

自分自身が価値があると思える生き方をすることです。

ありのままの自分を受け入れ、愛することも大切ですが、そこからどう生きるかがもっと大切なのです。

 

あなたはどんな生き方に価値があると思いますか?

どんな生き方が正しいと思いますか?

あなたのこう在りたいという気持ちを、自分の生き方で表現していくのです。

 

自分により価値を感じることができる生き方とはどんな生き方なのかを模索し、自己実現的に生きることが結果的に自分の価値を高めることに繋がっていくでしょう。

 

 

 

まとめ

人に嫌われることによって自分の価値が感じられなくなるのは、他人の評価に依存しているからです。

実際は他人に嫌われようが好かれようがあなたの価値が変わることはありません。

 

あなたはあなたなのです。

コーヒーが好きな人もいるし、嫌いな人もいる。

それでもコーヒーの価値が変わることはありません。

 

それは、口に合うかどうかの話であって、誰か一人が美味しくないと言ったからといった、それはその人の価値での話でしかないのです。

 

もしも誰か一人にでも嫌われたら価値がなくなるというのであれば、ハンバーグや唐揚げですら価値がなくなってしまうのです。

あんなに美味しいものですら、美味しくないという人はいます。

そんな他人の意見に振り回されていったら、世の中価値のないものだらけになるのです。

人の価値で測るということがどれだけ愚かなことであるかを理解するのです。

 

嫌いたければ嫌えばいいという気持ちで、自分自身が感じる価値を大切にしていきましょう。

 

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