
気づけば、スマホを握っていました。
特に目的があるわけでもなく、ただ指が勝手にショート動画をスワイプしていく。
気づけば30分、1時間。
その間、頭はほとんど動いていません。
「何か考えよう」としても、うまくいかない。
思考しようとすると、すぐに別の動画を開いてしまう。
一方で、不思議なことが起こる瞬間があります。
温泉に浸かっているとき。
下道を運転しているとき。
スマホが手元になく、刺激が弱い時間。
そのとき、突然、「あ、そういうことか」という気づきが降ってくるのです。
実際、僕が今構築している「欠乏学」という思想も、月に一度の温泉旅行へ向かう運転中に生まれました。
この経験から、僕はある仮説を持つようになりました。
クリエイティブは、刺激の強い場所からは生まれない。
むしろ、刺激が弱まったときに、勝手に立ち上がってくる。
- 刺激の正体は「情報」である
- 人は、考えていないのではなく「考えられない」
- スマホは「悪」なのか
- なぜ僕たちはスマホを見続けてしまうのか
- 何もしない時間が「物足りない」と感じる理由
- クリエイティブとは「作ること」ではない
- あえて「何もしない時間」を設計する
- なぜこの話は「欠乏」の話なのか
- まとめ
刺激の正体は「情報」である
ここでいう刺激とは、爆音や光の話ではありません。
刺激の正体は、ほぼすべて「情報」です。
・映像
・音声
・言葉
・他人の意見
・トレンド
・おすすめ
スマホは、これらを無限に供給する装置。
重要なのは、情報の「内容」よりも、「流れ続けている状態」です。
どれだけ良質な情報であっても、途切れずに流れ込めば、思考する余地は消えます。
なぜなら、人は「入力しながら、深く考える」ということがほとんどできないからです。
人は、考えていないのではなく「考えられない」
多くの人が、
「自分は思考力が低い」
「センスがない」
「クリエイティブじゃない」
と自己評価します。
でも僕は、まったく逆だと思っています。
人は考えられなくなっているだけ。
水をコップに注ぎ続ければ、中身が混ざる前に溢れます。
脳も同じです。
入ってきた情報は、本来なら、混ざり、結びつき、再編成され、意味になるというプロセスを経ます。
しかし、インプットが止まらないと、この工程に入れません。
だから何も生まれない。
能力の問題ではありません。
構造の問題です。
スマホは「悪」なのか
ここで誤解してほしくないのは、スマホによるインプットは大切だ、ということです。
知識を得る。
視野を広げる。
知らない世界に触れる。
これらは、間違いなく人生を豊かにします。
問題は、そこではありません。
問題は、インプットしない時間が存在しないことです。
インプット → インプット → インプット
これでは、アウトプットは生まれません。
インプット → 停止 → 内部処理 → アウトプット
この「停止」が抜け落ちています。
なぜ僕たちはスマホを見続けてしまうのか
正直に言うと、理由はシンプルです。
ドーパミンが簡単に出るから。
快を、努力せずに得られるから。
そして多くの場合、その裏にはストレスがあります。
仕事の疲れ。
人間関係の摩擦。
将来への不安。
これらを感じたくないから、無意識にスマホへ逃げる。
つまりスマホ依存とは、怠惰ではなく、対抗手段です。
だから「やめよう」と気合で止めても、長続きしません。
何もしない時間が「物足りない」と感じる理由
何もしないと、落ち着かない。
そわそわする。
物足りない。
これは異常ではありません。
脳が、刺激に慣れているだけです。
ずっと甘いものを食べていると、白米の甘さがわからなくなるのと同じです。
刺激が強い状態が基準になっている。
だから弱い刺激が「不足」に感じる。
しかし、この物足りなさの奥にこそ、クリエイティブの入口があります。
クリエイティブとは「作ること」ではない
多くの人は、クリエイティブ=ひねり出すものと思っています。
でも実際は逆。
クリエイティブとは、浮かび上がってくるものです。
湯船でぼーっとしているとき。
運転中に視線が遠くへ向いているとき。
空を見ているとき。
意図していないのに、勝手に始まる。
だから必要なのは、才能を足すことではなく、邪魔を引くことです。
あえて「何もしない時間」を設計する
あなたの人生を創っていくのは、努力の量ではありません。
空白の質です。
・散歩する
・湯船に浸かる
・下道を運転する
・スマホを別の部屋に置く
これらは生産性が低い行為に見えます。
でも実際は、最も高密度な思考が起こる時間です。
なぜこの話は「欠乏」の話なのか
人は、内側に満たされない感覚があると、外側の刺激を欲します。
退屈が怖い。
沈黙が怖い。
何もない自分が怖い。
だから埋め続けます。
しかし、外で埋めれば埋めるほど、内側は静かになりません。
結果として、自分の声が聞こえなくなる。
クリエイティブが消える。
これは才能の問題ではなく、欠乏への対処の仕方の問題です。
外から埋めるか。
内側と向き合うか。
その選択の違いです。
まとめ
スマホによるインプットは大切です。
同時に、それ以上に大切なのは、インプットしない時間を持つことです。
あえて何もしない。
あえて刺激を減らす。
それはサボりではありません。
人生を創り上げる行為です。
もし最近、「自分は何も生み出せない」と感じているなら、能力を疑う必要はありません。
まず、静けさを取り戻してみてください。
そこから、すべては始まります。
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