生きづらさの答えがわかる、人生哲学と心理学【欠乏学】

生きづらさを手放したい人の為のブログ

「やらなければならない」で心が死ぬ前に。人生の手綱を取り戻すための「能動的選択」の技術

仕事中、突然襲ってくる吐き気に耐えながら、僕はパソコンの画面を見つめていました。

 

胃のあたりからせり上がってくる不快感は、体が物理的に拒絶反応を示している証拠です。

けれど、頭の中では「まだやらなければならないことがある」「ここで止まってはいけない」という義務感が、鳴り止まない警報のように響いていました。

 

ようやくの思いで仕事を終えて帰宅しても、何かを楽しむ気力なんて一ミリも残っていません。

結局、服も着替えずにベッドに倒れ込み、指先だけでスマートフォンのショート動画を際限なくスクロールし続ける。

数時間が経ち、深夜にふと我に返ったとき、手元に残っているのは虚無感と、自分に対する深い失望だけでした。

 

もし、今のあなたも同じような「心の低迷」の中にいるとしたら、どうか知ってほしいことがあります。

それは、あなたが弱いからでも、努力が足りないからでもありません。

ただ、あなたの人生の土俵から「選択」という自由が消えてしまっているだけなのです。

 

 

 

心を蝕むのは「やらなければならない」という強制

僕たちはいつの間にか、人生を「やるべきこと」だけで埋め尽くしてしまいます。

本業のタスク、家事、社会的な役割、将来への備え。

これらはどれも正しく、無視できないものに見えます。

 

しかし、生活のすべてがこの「義務」に占拠されたとき、心は重大なエラーを起こします。

 

「やるべきこと」だけの世界には、自分の意志が介在する余地がありません。

そこにあるのは、外部から押し付けられた「正解」に自分を適応させ続ける、受動的な服従です。

 

この状態に陥ると、僕たちは驚くほど不機嫌になります。

自分の自由が奪われているため、他者が自分の思い通りに動かないことに対して、激しい苛立ちを覚えるようになります。部下が期待通りに動かない、家族が自分の状況を理解してくれない。

そうして他者を詰めてしまうたびに、一番傷ついているのは、そんな自分を鏡で見ている自分自身なのです。

 

不機嫌は、心のエネルギーが枯渇し、環境に依存せざるを得なくなっている時に発せられるSOSに他なりません。

「損害」を受け入れる覚悟が、自由を連れてくる

では、どうすればこの暗いトンネルから抜け出せるのでしょうか。

僕が今回、その吐き気が止まらない低迷から脱出したきっかけは、ある一つの「諦め」と「許可」でした。

 

それは、「やるべきことばかりやらなくていい」と自分に言い聞かせること。

そして、もし「やりたいこと」を優先した結果、何らかの損害や欠乏が訪れたとしても、それをすべて受け入れようと決めたことです。

 

「仕事が滞るかもしれない」「誰かに迷惑をかけるかもしれない」「将来困るかもしれない」。

そうした恐怖は、僕たちの足を義務の鎖に繋ぎ止めます。

けれど、その恐怖を抱えたまま、僕はあえて「やりたいこと」と「やるべきこと」を、同じ土俵の上に並べてみました。

 

どちらも選べる。

どちらを選んでもいい。

 

その上で、僕は「今日はもう、何の結果も生まないゲームを全力でする」という道を選びました。

人生の手綱を握り直す瞬間

一見すると、これは単なる現実逃避に見えるかもしれません。

しかし、以前の「疲れ果てて仕方なく動画を見ていた時間」とは、意味が全く異なります。

今回のゲームは、僕が能動的に、自分の意志で、他の選択肢を捨てて選び取った「決断」だったからです。

 

「やりたいこと」を選べる土俵に立っているという自覚。

この感覚こそが、欠乏学において最も重要視する「能動性」の正体です。

不思議なことに、自分の意志で「やりたいこと」を存分に味わった後には、あんなに重苦しかった「やるべきこと」に対しても、「だったら、これも少しやってみようかな」という前向きな気持ちが湧いてきました。

 

義務に追いかけられるのではなく、自分が義務を「選ぶ」側回る。

この主客の転倒こそが、心の健康を取り戻す唯一の道なのです。

それをやらなかったら、本当に世界は終わるのか

今、何かに追い詰められ、心が死にかけているあなたに問いかけたいことがあります。

 

「今、あなたが必死に抱えている『やるべきこと』を、もし放り出したらどうなるでしょうか?」

 

僕たちは、想像上の恐怖に怯えすぎているのかもしれません。

一度、その恐怖の正体をじっと見つめてみてください。

それをやらなかったら、本当に人生は終わってしまうのでしょうか。

意外にも、恐れていることは起きない可能性の方が高いものです。

 

もし何かが起きたとしても、その損害を引き受ける覚悟を持って、自分の「やりたい」に一歩踏み出してみてください。

「100対0」で義務に振り切る必要はありません。

大切なのは、あなたの人生という土俵の上に、常に「自分の意志」を置いておくことです。

バランスを取りながら、時には損をすることを選び、時にはあえて休息を選ぶ。

 

そうして自分自身を「人生の選択者」として扱い始めたとき、あなたの心は驚くほど軽く、そして静かな活力を取り戻していくはずです。

 

 

 

まとめ

人生の低迷は、あなたを正しい方向へ導こうとするサインです。

「やらなければならない」という重圧に押し潰されそうになったら、一度立ち止まり、自分にこう問いかけてみてください。

「僕は、自分の意志でこれを選んでいるだろうか?」と。

 

もし選べていないのなら、一時的に損をしてもいいから、自分の「やりたい」を同じテーブルに載せてあげてください。

たとえそれが、他人から見れば無価値なゲームや、ただ横になる時間だったとしても、あなたが「これを選ぶ」と決めたのなら、それは立派な能動的生産なのです。

 

自分の味方でいる姿勢を崩さないこと。

それが、あなたがあなたの人生という物語の主人公であり続けるための、唯一のルールなのですから。

 

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