
「今日も歯が磨けなかった」
「お風呂に入ろうと思っていたのに、結局入れなかった」
「やらなきゃいけない仕事があるのに、体が動かない」
こんな経験をしたことはないでしょうか。
頭では「やらなきゃ」と分かっているのに、なぜか手が伸びない。
そして、できなかった自分を見て、
「自分は怠けている」
「意志が弱い」
「ダメな人間だ」
そんな言葉を自分に投げつけてしまう。
僕自身、大学受験の勉強をしなければならない時期に、まったく集中できず、結局失敗し、フリーターになるという経験をしました。
当時は「努力できない自分が悪い」と思っていました。
また、身近に歯を毎日磨けない人や、いわゆる「風呂キャン」をしてしまう人もいます。
その人たちは、やるべきことに対する力が弱いように見える。
正直に言うと、感情的に強く共感できるわけではありません。
しかし同時に、「きっとそれくらい苦しい状態なんだろうな」とも感じます。
この記事では、「やるべきことができない状態」を怠けではなく「構造」として捉える視点を、僕が提唱している欠乏学から解説していきます。
- やるべきことができないのは意志の問題ではない
- 欠乏学で見ると「毒ダメージ」が溜まっている状態
- 当たり前ができない人ほど逃げやすくなる理由
- いきなり人生を立て直さなくていい
- 一度、やりたくないことをやらない選択もアリ
- エネルギーが削られている原因を見る
- もっと小さく生きてもいい
- 自分の欠乏感に目を向けてほしい
- まとめ
やるべきことができないのは意志の問題ではない
一般的には、
「やる気がないからできない」
「甘えているだけ」
「気合が足りない」
このように解釈されがちです。
しかし、欠乏学の視点では逆です。
人は、エネルギーがあるから行動できるのであって、意志の力だけで無限に動ける存在ではありません。
行動の前提には、必ずエネルギー残量があります。
-
眠れているか
-
安心できているか
-
強い不安を抱えていないか
-
自分の存在価値を感じられているか
これらが不安定だと、行動に回せるエネルギーが枯渇します。
つまり、やるべきことができない=エネルギーがない
ただそれだけの話です。
欠乏学で見ると「毒ダメージ」が溜まっている状態
欠乏学では、人が抱える欠乏感を
-
生理的欠乏
-
安全の欠乏
-
所属の欠乏
-
承認の欠乏
という層で捉えます。
現代社会は、食べ物も住居も比較的手に入りやすく、一見すると低次の欲求は満たされているように見えます。
しかし実際には、
-
眠れない
-
常に不安
-
将来が怖い
-
休んではいけない感覚
こうした「低次の不安定さ」を抱えている人は多い。
この状態を、僕は欠乏感による定量損耗(毒ダメージ)と表現しています。
少しずつ、確実に、エネルギーが削られていく。
本人は気づかないうちにHPが減り続け、ある日、歯磨きすら重たくなる。
これは故障ではなく、消耗の結果です。
当たり前ができない人ほど逃げやすくなる理由
歯磨きや入浴ができない状態で、「仕事をやりきれ」と言われたらどうなるでしょうか。
ほとんどの人はフリーズします。
なぜなら、
低負荷行動ができない
↓
高負荷行動はもっとできない
からです。
行動の負荷には階層があります。
-
歯磨き・風呂
-
着替え・片付け
-
勉強・仕事
下の階層が崩れていると、上は成立しません。
そして、人は苦痛を避ける生き物。
やろうとする
↓
できない
↓
苦しい
↓
逃げる
↓
少し楽になる
このサイクルが回ると、脳は「逃げる=安全」と学習します。
逃避は怠けではなく、生存戦略になるのです。
いきなり人生を立て直さなくていい
多くの人は、
「まず仕事をちゃんとしよう」
「生活を整えよう」
と考えます。
しかし、エネルギーが枯渇している人にとって、それは難易度が高すぎます。
必要なのは、負荷の極小化です。
例えば、
歯磨き → 10秒だけ
風呂 → シャワーを浴びるだけ
片付け → ゴミを1個捨てる
仕事 → パソコンを開くだけ
「やる/やらない」ではなく、「どこまで小さくできるか」。
これが回復のスタートラインです。
一度、やりたくないことをやらない選択もアリ
エネルギーがほぼゼロの人にとっては、「やりたくないことをやらない」という選択は正解です。
これは逃げではなく、治療的休息。
ただし、少し回復してきた段階では、「完全にやらない」ではなく「超小さくやる」へ移行していきます。
フェーズが違えば、正解も変わるのです。
エネルギーが削られている原因を見る
小さな行動を積みつつ、並行して大事なのが、「自分は何に削られているのか」を見ることです。
-
無理な期待を背負っていないか
-
誰かの承認を求めすぎていないか
-
ずっと我慢していないか
-
本音を押し殺していないか
欠乏学では、行動の裏には必ず欠乏があると考えます。
やるべきことができない人は、「能力が低い」のではなく、欠乏を抱えすぎているだけです。
もっと小さく生きてもいい
社会は「ちゃんと」を求めます。
-
毎日歯を磨く
-
毎日風呂に入る
-
フルタイムで働く
しかし、人間の回復には段階があります。
今日は顔を洗えた。
それだけで十分な日もあります。
もっと小さく生きてもいい。
それは諦めではなく、回復戦略です。
自分の欠乏感に目を向けてほしい
「どうすれば頑張れるか」よりも先に、「自分は何に苦しんでいるのか」を見てほしい。
不安なのか。
孤独なのか。
価値を感じられないのか。
安心できないのか。
欠乏が見えると、「責める対象」が自分から構造へ移ります。
これが欠乏学の視点です。
まとめ
やるべきことができないのは怠けではありません。
欠乏感による毒ダメージが積み重なった結果です。
いきなり人生を立て直す必要はありません。
もっと小さく生きていい。
まずは休む。
次に、極小の行動。
そして、自分の欠乏感を見る。
それが回復の道です。
自分を責めるのをやめ、構造を見るところから始めてみてください。
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