
人間関係が終わるたびに、
「またダメだった」
「やっぱり自分には価値がないのかもしれない」
そんなふうに感じたことはありませんか。
仲良かった人と疎遠になる。
恋人と別れる。
急に連絡が来なくなる。
そのたびに、胸の奥が少しずつ削られていく。
僕自身も、何度もそういう経験をしてきました。
「どうして関係が続かないんだろう」
「もっと頑張らないといけないのかな」
「自分が悪いのかな」
でも、あるときから考え方が大きく変わりました。
そもそも、縁とは何なのか。
そこを定義し直す必要があると思ったのです。
- 縁とは「お互いがお互いを必要としている状態」
- 縁が切れるのは「価値がなくなった」からではない
- 恋愛関係は縁の仕組みが一番わかりやすい
- 必要性には二種類ある
- 欠乏感を満たすための縁
- 欠乏ベースの縁が生む苦しさ
- なぜ人は欠乏ベースの縁にしがみつくのか
- 自己実現的な好意による縁
- どちらの縁を増やしたいのか
- 縁が切れることの本当の意味
- 縁にしがみつかなくていい
- まとめ
縁とは「お互いがお互いを必要としている状態」
僕は、縁とは「感情的につながっている状態」ではなく、「お互いがお互いを必要としている状態」だと考えています。
少しドライに聞こえるかもしれません。
しかし、現実をよく観察すると、この定義の方がしっくりきます。
たとえば、地方で暮らしていて車が必須だった人が、都心に引っ越して電車生活になったとします。
その人は、もう車を使わなくなります。
だからといって、車の価値がなくなったわけではありません。
ただ、環境と用途が変わっただけです。
人間関係も同じです。必要とする状況が変われば、縁が薄れることがある。
それは自然なことです。
縁が切れるのは「価値がなくなった」からではない
多くの人が、ここを取り違えています。
縁が切れる
↓
自分に価値がない
という誤った変換を無意識にしてしまう。
でも実際は、
縁が切れる
↓
必要性が変わった
ただそれだけです。
あなたという存在の価値は、誰かの都合によって上下するものではありません。
恋愛関係は縁の仕組みが一番わかりやすい
恋愛関係は、とても象徴的です。
別れた瞬間に、完全に縁が切れるケース。
一方で、
別れても連絡を取り続けるケース。
この違いは何か。
それは、「まだ何かを必要としているかどうか」の違いです。
では、その「必要性」とは何なのでしょうか。
必要性には二種類ある
僕は、必要性には大きく二種類あると考えています。
ひとつは、欠乏感を満たすための必要性。
もうひとつは、自己実現的な好意としての必要性。
ここを分けて考えると、人間関係の苦しさが一気に説明できるようになります。
欠乏感を満たすための縁
欠乏感とは、「足りない」「満たされていない」という感覚です。
寂しさ。
不安。
自己価値の低さ。
見捨てられ恐怖。
これらを感じたとき、人は誰かにしがみつきたくなります。
この状態で結ばれる縁は、しばしば共依存になるのです。
僕自身、過去の恋愛でこういう関係をしていました。
彼女の前では、いつも「いい男」を演じていたと思います。
優しくて、余裕があって、頼れる男。
本当はそんな余裕なんてないのに。
演じることに、どんどん疲れていきました。
でも、やめられなかった。
なぜなら、嫌われたら縁が切れると思っていたからです。
欠乏ベースの縁が生む苦しさ
欠乏ベースの縁には、共通点があります。
失うのが怖い。
だから、言いたいことを言えない。
本音を飲み込む。
合わせる。
我慢する。
僕は昔、収入が少ない時期がありました。
正直、毎回デート代を出すのがしんどかった。
でも、言えませんでした。
「払えない」と言ったら、嫌われるかもしれない。縁が切れるかもしれない。
そう思っていたからです。
結果として、関係は続いても、心はどんどんすり減っていきました。
なぜ人は欠乏ベースの縁にしがみつくのか
ここで、欠乏学の視点が役に立ちます。
欠乏感は、「甘え」や「弱さ」ではありません。
生命維持システムです。
生き延びるために、脳が発動させる警報装置。
だから欠乏感が刺激されると、人は合理性を失います。
「この関係は苦しい」とわかっていても、「離れたほうがいい」と頭で理解していても、
体が拒否します。
愛しているから離れられない。
そう思っている場合でも、実態は、欠乏が怖いから離れられない場合であることが多いのです。
自己実現的な好意による縁
もうひとつが、自己実現的な縁です。
これは、失っても生きていける。
でも、一緒にいたい。
という関係です。
恐れではなく、選択。
依存ではなく、余白。
僕は今、会社の他部署に、唯一自分らしく話せる人がいます。
無理をしなくていい。
飾らなくていい。
なぜそう感じるのか考えてみると、「お互いに許し合える関係」だからだと思います。
完璧じゃなくてもいい。
失敗してもいい。
弱音を吐いてもいい。
そう思える相手です。
どちらの縁を増やしたいのか
僕は、これからの人生で、自己実現的な縁を増やしたいと思っています。
なぜなら、欠乏ベースの縁は、ありのままの自分を殺してしまうからです。
失うのが怖いほど、自分を偽るようになります。
それは、幸せとは呼べません。
もし今の自分が、昔の自分に声をかけるなら、こう言います。
「それで切れる縁なら、切れた方がましだよ」
縁が切れることの本当の意味
縁が切れることは、失敗ではありません。
欠乏ベースの縁が終わる。
それは、精神的な健全化です。
フェーズが変わったというサイン。
あなたは、より健全な関係を築ける段階に進んでいます。
縁にしがみつかなくていい
人間関係が続かないと、自分に問題があるように感じるかもしれません。
でも、そうとは限りません。
むしろ、「もう欠乏ベースの関係を続けられなくなった」という健全な変化かもしれません。
あなたは、あなたのままで価値があります。
誰かに必要とされなくても。
誰かとつながっていなくても。
まとめ
縁とは、お互いがお互いを必要としている状態です。
その必要性には、欠乏感を満たすためのものと、自己実現的な好意としてのものがあります。
縁が切れるのは、価値がなくなったからではありません。
必要性が変わっただけです。
縁というものにしがみつかず、軽やかに生きてください。
あなたは、すでに十分、価値のある存在です。
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