生きづらさの答えがわかる、人生哲学と心理学【欠乏学】

生きづらさを手放したい人の為のブログ

仕事を休むのは迷惑じゃない。でも負担はある|罪悪感の正体を欠乏学で考える

 


僕はこれまで、体調が悪くて仕事を休むとき、いつも同じ感情を抱えてきました。

それは「申し訳なさ」です。

 

本当は立っているのもしんどい。

頭も回らない。

それでも休むと決めた瞬間、頭に浮かぶのは自分の体調ではなく、「職場の光景」でした。

 

ただでさえ人数がギリギリの現場。

自分が抜けることで、誰かが残業するかもしれない。

誰かが昼休みを削って、ピークの業務を処理してくれるかもしれない。

 

「休んでもいい」と頭では分かっているのに、心のどこかでずっと引っかかる。

この感覚に、覚えがある人は多いのではないでしょうか。

 

 

 

「迷惑」という言葉が、思考を止めてしまう

仕事を休む話になると、よくこんな言葉が出てきます。

 

「迷惑をかけてしまって申し訳ない」

「周りに迷惑をかけたくない」

 

ただ、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。

この「迷惑」という言葉、実はかなり曖昧。

 

迷惑かどうかは、感じる側の主観です。

同じ状況でも、「仕方ないよ」と思う人もいれば、「正直きつい」と感じる人もいます。

つまり、迷惑かどうかは、こちらが決められるものではありません。

それなのに僕たちは、「迷惑をかけているはずだ」という想像だけで、自分を強く責めてしまう。

ここに、一つ目の思考の混乱があります。

事実として存在する「負担」という視点

一方で、僕が大事だと思っているのは、感情ではなく事実の話です。

 

仕事を休んだとき、確かに言えることが一つあります。

それは、業務を誰かが代わりに担っているという事実です。

 

たとえば、僕がフリーターだった頃の話です。

人手が足りない職場で、僕が休むと、昼シフトの人がそのまま残業して、夕方のピークまで処理してくれていました。

 

その人は文句を言いませんでした。

「大丈夫だよ」と言ってくれたこともあります。

それでも、作業量が増え、集中力を使い、体力を削っていたのは事実です。

ここで重要なのは、それを迷惑と感じたかどうかではありません。

業務量という「負担」が、確実に移動していた。

それが、事実なのです。

「迷惑」と「負担」を切り分けて考える

多くの人が苦しくなるのは、この二つを混同してしまうからです。

 

迷惑は感情の話。

負担は構造の話。

 

相手がどう感じたかは分からない。

でも、業務を担ってもらった以上、負担が発生していることは否定できない。

だからこそ、僕はこう考えています。

 

仕事を休むことは、迷惑ではありません。

しかし、負担が存在しないわけではありません。

この二つを同時に認めることが、とても大切だと思うのです。

「簡単に休んでいいわけではない」という感覚の正体

ここまで読むと、「じゃあ休むのは悪いことなのか」と思うかもしれません。

でも、僕はそうは思っていません。

 

休んではいけないわけではない。

ただ、簡単に休んでいいわけでもない。

 

この感覚は、道徳や根性論ではなく、責任の感覚だと思っています。

 

自分が担っている業務。

自分が抜けたときに、誰が何を引き受けるのか。

そこに目を向けることは、自分を責めることではありません。

現実を直視することです。

欠乏学から見る「休むことが怖い心理」

ここで、僕が提唱している欠乏学の視点を少し入れます。

 

仕事を休むときに強くなる「悪く思われたらどうしよう」という不安。

これは多くの場合、所属・愛の欠乏から生まれます。

 

休むことで、

「怠けていると思われるのではないか」

「チームから浮くのではないか」

「必要ない人間だと思われるのではないか」

 

こうした恐れは、所属が脅かされる感覚そのものです。

だから僕たちは、負担の事実以上に、評価や関係性を恐れてしまう。

その結果、「迷惑」という言葉で、自分を縛り続けてしまうのです。

大事なのは、感情ではなく設計

ここまでの話をまとめると、重要なのは感情ではありません。

 

・迷惑かどうかを想像しすぎないこと

・申し訳なさで自分を押し潰さないこと

 

その代わりに見るべきなのは、構造です。

自分が休んだとき、どこに負担が流れるのか。

それを一時的なものにするのか、恒常的なものにするのか。

調整や引き継ぎで軽減できる部分はないのか。

これは個人の甘えの問題ではなく、設計の問題です。

 

 

 

まとめ

仕事を休むことは、迷惑ではありません。

しかし、誰かが代わりに担っている以上、負担は確実に存在します。

 

その事実から目を逸らさず、同時に、過剰な罪悪感で自分を縛らない。

自分が担っている責任に目を向けること。

それができてはじめて、休むことも、働くことも、成熟した選択になるのだと僕は思います。

 

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