
人と話したあと、どっと疲れてしまうことがあります。
「あの言い方、変じゃなかったかな」
「相手を不快にさせていないだろうか」
そんな反省が頭の中をぐるぐる回って、次第に人と関わること自体が怖くなっていく。
僕自身、まさにそうでした。
昔から自分を「コミュ障」だと思って生きてきて、20歳くらいまで、他人とコミュニケーションを取ることが本当に怖かったのです。
沈黙が怖い。
否定されるのが怖い。
嫌われるのが怖い。
だから言葉を選びすぎて、結局何も言えなくなる。
もしあなたも、似たような経験があるなら、この記事はきっとあなたのためのものです。
なぜなら、ここで伝えたいのは「あなたが苦しんでいるその理由は、本当にコミュ障だからなのか?」という問いだからです。
- 一般的に言われる「コミュ障」の正体
- コミュ障は2種類に分けられる
- 正しさを武器にする人たち
- コミュニケーションの本質は「関係調整」
- 怯えているあなたは、コミュ障ではない
- 欠乏学から見る、コミュ障の正体
- 相手を信じる前に、自分を信じる
- 真のコミュ障にこそ、問いを向けたい
- まとめ
一般的に言われる「コミュ障」の正体
世間で言われるコミュ障とは、だいたい次のような人を指します。
・人と話すのが苦手
・何を話せばいいか分からない
・会話になると緊張してしまう
・沈黙が怖い
そして多くの場合、そういう人は
「自分は人付き合いが下手だ」
「社会不適合なんじゃないか」
と、自分を責め続けています。
しかし、僕は長年考えてきて、ある違和感を持つようになりました。
それは、本当にその人たちは、コミュニケーションに問題があるのかということです。
コミュ障は2種類に分けられる
僕は、コミュ障は大きく2種類に分けられると考えています。
一つ目は、多くの人が想像するタイプ。
コミュニケーションの正解が分からず、失敗することを恐れている人。
相手を不快にさせたくなくて、言葉を慎重に選びすぎてしまう人。
このタイプの人は、実は相手への関心がとても強い。
だからこそ怖くなるのです。
そしてもう一つ。
こちらこそが、僕は「真のコミュ障」だと思っています。
それは、自分の言動で相手が不快になることを問題だと思っていない人です。
正しさを武器にする人たち
僕の職場に、まさにそのタイプの人がいました。
正しさを武器に、横で聞いているだけでも不愉快になるような伝え方をする人です。
言っている内容は、確かに間違っていない。
理屈も通っている。
でも、言い方がきつく、相手を追い詰める。
結果として、その人の周囲から何人も人が辞めていきました。
それでも本人は、自分を省みることはありませんでした。
「正しいことを言っているのだから問題ない」
その姿を見たとき、僕は強く思ったのです。
これはコミュニケーション能力の問題ではないと。
コミュニケーションの本質は「関係調整」
コミュニケーションは、単なる情報伝達ではありません。
本質は、人と人との関係を調整する行為です。
相手はどう感じるか。
この場面で、この言葉は必要か。
今は正しさよりも配慮が求められているのではないか。
こうした視点が欠けたまま、「自分は正しい」という一点だけで言葉を投げる行為は、
コミュニケーションではなく、自己正当化です。
他人を不快にしている事実を認識できない。
あるいは、気づいても「問題ない」と切り捨ててしまう。
これこそが、真の意味でのコミュニケーション障害ではないでしょうか。
怯えているあなたは、コミュ障ではない
一方で、人と話すのが怖いあなたはどうでしょうか。
あなたは、相手を傷つけたくない。
嫌われたくない。
関係を壊したくない。
だから言葉に慎重になり、緊張してしまう。
それは、欠陥ではありません。
むしろ、他者への関心がある証拠です。
あなたが苦しんでいるのは、コミュニケーション能力が低いからではなく、「関係を失うことへの恐怖」が強いからです。
欠乏学から見る、コミュ障の正体
ここで、僕が提唱している「欠乏学」の視点を使います。
怯え型コミュ障の根底にあるのは、多くの場合「所属・愛の欠乏」です。
ありのままの自分は受け入れられないのではないか。
本音を出したら拒絶されるのではないか。
関係性から排除されるのではないか。
この恐怖があると、人は「関係性を構築するコミュニケーション」そのものに怯えるようになります。
そして重要なのは、この恐怖は、他人がどれだけ愛してくれても消えないということです。
結局、自分で自分を信じていないと、相手がどれだけ受け入れてくれていても、身を委ねることはできません。
相手を信じる前に、自分を信じる
だから、怯え型コミュ障の人に一番伝えたいのは、これです。
相手を信じること。
そして、受け入れられる自分を信じること。
あなたが恐れているのは、会話そのものではありません。
「拒絶される自分」に耐えられないことです。
しかし、自分の価値を自分で認められるようになると、コミュニケーションは少しずつ変わっていきます。
うまく話せなくてもいい。
沈黙があってもいい。
それでも、自分はここにいていい。
そう思えた瞬間から、人との距離は自然と縮まっていきます。
真のコミュ障にこそ、問いを向けたい
そしてもう一つ。
この記事が、正しさを武器にしてきた人にとって、自分を振り返るきっかけになればとも思っています。
あなたは、本当に「伝えたい」のですか。
それとも、「正しさを証明したい」だけなのですか。
正しさは、ときに人を救います。
しかし同時に、簡単に人を傷つけます。
コミュニケーションとは、勝つためのものでも、裁くためのものでもありません。
まとめ
コミュ障がつらいと感じているあなたへ。
それは、あなたが欠けているからではありません。
関係を大切にしたいからこそ、怖くなっているだけです。
そして人は、何歳からでも変われます。
自分を信じることから、すべては始まります。
あなたは、まだ変われるんです。
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