生きづらさの答えがわかる、人生哲学と心理学【欠乏学】

生きづらさを手放したい人の為のブログ

約束を守れないのは意志が弱いからではない|欠乏学で読み解く約束と愛の心理構造

 

 

仕事で、いつも休みがちな人がいる。

急な欠勤、体調不良、気分が乗らないという理由。

それ自体は責められることではないはずなのに、なぜか心のどこかで、僕は強い違和感を覚えていました。

 

「どうして責任をもって出勤できないんだろう」

「約束しているはずなのに、なぜ守れないんだろう」

 

きっと、多くの人が似たような経験をしていると思います。

待ち合わせに遅れてくる人、締切を守らない人、言ったことをなかったことにする人。

そのたびに、僕たちは失望し、怒り、時には自分を責めます。

 

「自分が厳しすぎるのかもしれない」

「社会で生きるって、こんなにしんどいものなのか」

そんな感情を、心のどこかで抱えながら。

 

この記事では、「約束とは何か」「なぜ人は約束を守れないのか」この問いを、欠乏学という視点から掘り下げていきます。

 

 

 

 

 

約束を守れない人は、本当に意志が弱いのか

一般的には、約束を守れない人はこう評価されがちです。

 

・意志が弱い

・だらしない

・誠実さが足りない

 

しかし僕は、長く人を観察し、考え続ける中で、この見方に強い違和感を持つようになりました。

 

なぜなら、人は「決めること」自体は、案外簡単にできるからです。

 

・明日から早起きしよう

・次は遅刻しない

・ちゃんと働こう

 

こうした決意を、一度もしたことがない人はいないでしょう。

それでも、なぜ約束は守れないのか。

ここで重要なのは、決めることと、遂行することは別物だという点です。

約束とは「決断」ではなく「遂行の意思」である

約束を分解すると、次の構造が見えてきます。

人はまず、思考によって「こうしよう」と決めます。

しかし、その後に待っているのは、感情や欲求です。

 

・今日はしんどい

・行きたくない

・怖い

・面倒くさい

 

この瞬間、人は「決めた自分」と「今の自分」の間で引き裂かれます。

つまり約束とは、決めたことを、感情や欲求が揺さぶってくる状況の中でも、なお遂行しようとする意思だと言えます。

約束は意志力そのものではありません。

約束とは、意志を時間の中で維持し続けようとする構造なのです。

約束は「感情の領域」ではなく「思考の領域」にある

ここで、さらに重要な視点があります。

約束は、感情や欲求の延長線上には存在しません。

約束が成立するのは、思考が主導権を持っているときだけです。

 

感情や欲求に支配されている状態では、人は未来を扱えません。

今の不快をどう避けるか、今の快をどう得るか。

視野はどうしても「今」に閉じます。

しかし約束は、必ず未来を含みます。

だからこそ、約束とは思考の活動領域なのです。

思考の中枢にあるもの――それが「愛」

では、思考の中でも、約束を支えているものは何でしょうか。

僕はそれが「愛」だと考えています。

ただし、ここで言う愛は、感情的な「好き」ではありません。

欠乏学における愛とは、関心のベクトルを相手に向け続ける選択です。

 

約束を守るとは、「自分が今どう感じているか」よりも、「相手にとってどうか」「関係にとってどうか」を優先することです。

 

たとえば、待ち合わせに遅刻するという行為。

これは単なる時間管理の問題ではありません。

遅刻とは、その瞬間、自分の欲求や感情を、相手よりも優先した結果なのです。

つまり約束とは、欲求や感情よりも、対象への愛を優先する思考の選択。

これが、約束の本質だと僕は考えています。

約束を守れない人を、責める必要はない

この構造で見ると、約束を守れない人の見え方が変わります。

それは、意志が弱い人でも、怠け者でもありません。

ただ、

 

・感情や欲求が強すぎる

・思考が主導権を持てていない

・関心の向きが自己に固定されている

 

という状態にあるだけです。

これは「悪」ではありません。

多くの場合、背景には欠乏があります。

欠乏が強いと、人は約束を守れない

欠乏学では、人の行動の背後には必ず欠乏感があると考えます。

 

・不安

・承認欲求

・恐れ

・自己価値の低さ

 

これらが強いと、人は生き延びることで精一杯になります。

そうなると、思考は奪われ、感情と欲求が前面に出る。

その結果、約束は破られやすくなるのです。

 

逆に言えば、約束を守れる状態とは、欠乏から一歩距離を取れている状態とも言えるでしょう。

社会で生きづらい人へ伝えたいこと

社会での生活が難しいと感じている人は多いでしょう。

約束が守れない自分を責め、周囲とのズレに苦しんでいる人もいるはずです。

でも、まず知ってほしいのは、あなたがダメなのではない、ということです。

 

ただ、感情と欲求に従う生き方が、今も続いているだけなのです。

約束とは、誰かに縛られるためのものではありません。

自分を苦しめるためのものでもありません。

約束とは、愛を選ぶ訓練であり、成熟への入口なのです。

 

 

 

まとめ

約束とは、意志の強さの問題ではありません。

約束とは、思考の領域で、欲求や感情よりも、対象への愛を優先し続ける選択です。

欠乏が強ければ、誰でも約束は守れなくなります。

だからこそ、責めるべきは人ではなく、構造です。

 

感情と欲求に従う人生を、そろそろ終わりにしませんか。

約束を守るという行為は、あなたが成熟し、自立へ向かっている証です。

それを理解することが、社会と折り合いをつける、最初の一歩になると僕は信じています。