
「ちゃんと生きているはずなのに、なぜかずっと苦しい」
「周りと同じようにやっているのに、幸せになっている感じがしない」
そんな感覚を、これまでに一度も抱いたことがない人は、きっと少ないと思います。
仕事は真面目にやっている。
人に迷惑もかけていない。
大きく道を踏み外したつもりもない。
それなのに、心のどこかにずっと重たいものが残っている。
安心できない。
満たされない。
「このままでいいのだろうか」という不安が消えない。
もしあなたが、そんな感覚を抱えているなら、この記事はきっとあなたの話です。
- 僕たちは「人生のレール」を疑わずに生きている
- 規範とは「基準」である
- 病む人と病まない人の決定的な違い
- 規範は「思考のコリ」である
- 規範を手放すとは、壊すことではない
- 欠乏学から見た「規範に縛られる心理」
- 人生が苦しい本当の理由
- 少しだけ、疑ってみてほしい
- まとめ
僕たちは「人生のレール」を疑わずに生きている
僕は高卒フリーターでした。
それでも、心のどこかでずっと思っていたことがあります。
「大卒でなければならない」
「正社員でなければならない」
そうでなければ、人生として失格なのではないか、と。
このように、世の中には暗黙のうちに共有されている「正しい人生の形」があります。
大学に行って、いい企業に就職して、結婚して、家庭を持つ。
まるで一本のレールのように敷かれた人生。
そこから外れたら、もう底辺。
外れた瞬間に、価値のない人間になる。
少なくとも、当時の僕は本気でそう思っていました。
だから苦しかったのです。
真面目に生きているのに、ずっと自分を否定している。
頑張っているのに、「まだ足りない」と言われ続けているような感覚。
これは決して、特別な人の話ではありません。
むしろ、真面目な人ほど陥りやすい罠だと思っています。
規範とは「基準」である
ここで一度、言葉を整理します。
規範意識とは、「こうでなければならない」「普通はこうだ」という基準のことです。
誤解してほしくないのは、基準を持つこと自体が悪いわけではありません。
基準は本来、判断を助け、社会と折り合いをつけ、生きやすくするための道具のはずです。
問題は、その基準を絶対視してしまうことにあります。
基準から外れることを
「許されない」
「終わりだ」
「価値がない」
と感じてしまう状態。
ここから、人は病んでいきます。
病む人と病まない人の決定的な違い
同じ基準を持っていても、病まない人がいます。
それは、「基準から外れてもいいや」と思えている人です。
一方で、「外れたら終わりだ」「外れた自分はダメだ」と感じている人は、心をすり減らしていきます。
つまり、人生を苦しくしている正体は、規範そのものではなく、規範の絶対化なのです。
この違いは、想像以上に大きい。
基準を参照点として使える人は、自由です。
基準に縛られている人は、自分を罰し続けます。
規範は「思考のコリ」である
規範意識は、思考のコリのようなものだと僕は考えています。
もともとは、生き延びるために必要だった。
親や社会の中で、安全に生きるために身につけた判断基準。
しかし、環境が変わっても、その基準だけが更新されないとどうなるか。
本来は支えだったものが、拘束に変わります。
高卒フリーターだった僕にとって、「大卒・正社員」という規範は、もはや現実に合っていないのに、それでも自分を殴り続けるルールでした。
だから苦しいのは、当然だったのです。
規範を手放すとは、壊すことではない
ここでよくある誤解があります。
規範を手放すというと、「怠けること」「社会不適合になること」「何も考えずに生きること」だと思われがちです。
でも、そうではありません。
規範を手放すとは、疑ってみることです。
「本当にそうでなければならないのか」
「外れたら、何が起きるのか」
「それは誰の基準なのか」
特に、「こうでなければならない」と軸がガチガチに固まっているものほど、一度問いを差し込んでみる価値があります。
この瞬間、基準は「絶対」から「選択肢」に変わるのです。
欠乏学から見た「規範に縛られる心理」
ここで、僕が提唱している欠乏学の視点を入れます。
人は、欠乏感を抱えると、正しさにしがみつきます。
承認されたい。
外れ者になりたくない。
価値があると思われたい。
こうした欠乏感が強いほど、人は規範を絶対視します。
「正しい人生を生きていれば、自分の価値は保証されるはずだ」
この無意識の期待が、規範を手放せなくさせているのです。
だから、真面目な人ほど苦しい。
欠乏感が強い人ほど、正しさに縛られる。
これは性格の問題ではありません。
構造の問題なのです。
人生が苦しい本当の理由
人生が苦しいのは、努力が足りないからでも、能力がないからでもありません。
規範を絶対視しているからです。
レールから外れたら終わり。
外れた自分には価値がない。
そう信じ込んでいる限り、どこまで行っても安心できません。
逆に言えば、規範を少し緩めるだけで、人生の息苦しさは驚くほど減っていきます。
少しだけ、疑ってみてほしい
いきなり全部を変える必要はありません。
ただ、「これは本当に絶対なのか?」と、一度考えてみてほしい。
それだけでいい。
規範のコリが少しずつほぐれていくと、生き方に余白が生まれます。
自分を責める代わりに、観察できるようになります。
欠乏感に、自己攻撃で応答しなくなります。
それは、自由への第一歩なのです。
まとめ
規範で生きること自体が、間違いなのではありません。
問題は、規範を絶対視し、それに自分の価値を預けてしまうこと。
人生が苦しいのは、あなたが弱いからでも、ダメだからでもありません。
ただ、真面目すぎただけです。
少しだけ規範を疑ってみる。
それだけで、人生は確実に軽くなっていきます。
そしてその視点こそが、欠乏感から自由になるための、最初の入り口なのだと、僕は考えています。
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