生きづらさの答えがわかる、人生哲学と心理学【欠乏学】

生きづらさを手放したい人の為のブログ

SNSの「できる人の特徴」を見て落ち込むあなたへ

SNSを眺めていたとき、ふと目に入る「仕事のできる人の特徴」「優秀な人が必ずやっている〇〇」といった投稿。

読んだ瞬間、なぜか胸がザワついたり、「自分は当てはまっていないな……」と落ち込んだり。

あるいは、無理にでも「いや、自分もきっと当てはまっているはずだ」と自分に言い聞かせたことはないでしょうか。

もし少しでも心当たりがあるなら、この記事はあなたのためのものです。

僕自身、同じような違和感を抱き、考え続けてきたんです。

 

 

 

なぜ「仕事のできる人の特徴」はこんなにも苦しいのか

一見すると、「仕事のできる人の特徴」という情報は、成長のヒントや自己改善の材料に見えます。

しかし、SNSで拡散されやすい形に加工されたそれらは、もはや「参考情報」ではありません。

 

多くの場合、「仕事のできる人は〇〇する」「できない人は△△しない」という形で語られます。

すると、僕たちの頭の中では無意識のうちに、

 

・当てはまるか

・当てはまらないか

 

という二択が生まれます。

この瞬間、ただの情報だったはずのものが、「そうあるべき姿」という規範に変わってしまうのです。

規範が生む、二つの行き先

規範に触れたとき、人はだいたい二つの反応をします。

一つは、「当てはまっていない自分」を見て、自分を責めてしまうこと。

 

・自分は仕事ができない

・能力が足りない

・周りより劣っている

 

そんな思考が頭を占領し、本来向けるべきエネルギーが、自己否定に奪われていきます。

もう一つは、当てはまっていない現実を直視できず、当てはまっている自分を演じ始めることです。

 

実は、こちらの方がより根深い問題をはらんでいます。

プライドが高い人ほど、偽りやすい

ここでいう「プライドが高い」とは、自信があるという意味ではありません。

 

むしろその逆で、

・ダメな自分を受け入れられない

・だから否定されない形でしか自分を保てない

そんな状態を指しています。

 

自己受容が浅いと、「当てはまっていない」という事実そのものが、まるで人格否定のように感じられるので、

 

・自分もできていると言い張る

・表面的な言動だけを真似る

・内面が追いついていなくても、できる側に立とうとする

 

こうした「偽装」が起きます。

 

会社でも、よく見かけませんか。

横文字や流行りの言葉を多用し、「成長」「主体性」「論理的」といったラベルを身にまといながら、実際には何も変わっていない人。

正直に言えば、僕自身もそうなりかけたことがあります。

行動だけ真似ても、苦しさは消えない

SNSで語られる特徴は、ほとんどが行動レベルです。

 

・即断即決する

・ポジティブでいる

・主体的に動く

 

しかし、これらは内面の状態が整った結果として現れるものです。

不安だらけなのに即断即決を演じる。

余裕がないのに前向きを装う。

 

そんなことを続けていれば、心がすり減っていくのは当然です。

それでもやめられないのは、「やめたら価値がなくなる気がする」という恐怖があるからです。

プライドと健全な自尊心の決定的な違い

ここで一度、整理しておきたいことがあります。

プライドが高い状態とは、自己受容が進んでいないがゆえに、「ダメな自分」を認めないことで自分を守る状態です。

一方で、健全な自尊心とは、できる自分でも、できない自分でも、「それでもいい」と思える感覚です。

この差はとても大きい。

 

健全な自尊心がある人は、「当てはまらない」という事実をただの情報として受け取れます。

だから、必要な部分だけを取り入れ、合わない部分は静かに手放せる。

逆に、自己受容が浅いと、情報がすべて「審判」になります。

一般論が人を苦しめる理由

「仕事のできる人の特徴」に限らず、世の中には「一般論」が溢れています。

・普通はこうする

・大人ならこうあるべき

・成功する人はこうだ

こうした言葉は、一見すると中立的ですが、実際には人を二極化させます。

簡単に言えば、当てはまる側と当てはまらない側ですね。

 

そして、多くの人は「当てはまらない自分」を責めながら、必死に正解にしがみつこうとします。

 

でも、冷静に考えてみてください。

あなたが苦しくなる正解は、本当にあなたのためのものなのでしょうか。

僕が伝えたいこと

この記事で、僕が一番伝えたいのは、とてもシンプルな一文です。

 

他人の示した正解に縛られるな。

 

それは逃げでも甘えでもありません。

誰かにとっての正解は、あなたにとっての正解とは限らない。

「当てはまらない」という事実は、劣っている証拠ではなく、別の在り方を探していいというサインです。

 

 

 

まとめ

成長とは、正解に自分を合わせることではありません。

当てはまらない自分を否定せず、なぜ合わないのかを見つめること。

そこからしか、本当の意味での変化は生まれません。

 

SNSを見て落ち込んでいる人。

一般論に従い続けて疲れている人。

誰かの正解を生きようとして、苦しくなっている人。

 

あなたが悪いわけじゃない。

ただ、その正解があなた用じゃなかっただけです。

 

どうか、「当てはまらない自分」を切り捨てないでください。

そこにこそ、あなた自身の道が眠っています。

 

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