生きづらさの答えがわかる、人生哲学と心理学【欠乏学】

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上司が怖くなくなった理由|社長にビビっていた僕が「評価される側」をやめた日



上司や社長の前に立つと、なぜか言葉が詰まる。

怒られるわけでもないのに、無意識に緊張してしまう。

評価されている気がして、変な汗をかく。

 

あるいは、「ちゃんとやってるのに、なぜか怖い」「嫌われたらどうしよう」
そんな感情に覚えがある人もいるかもしれません。

 

僕もまさにそうで、特に社長に対しては、正直言ってかなりビビっていました。

でも、ある時を境に、その感覚がふっと消えたんです。

今では、ビビらずに、自然に関われるようになりました。

 

今日はその理由について、僕自身の体験をもとに、丁寧に書いてみようと思います。

きっと、上司や立場のある人との関係に悩んでいる人の心に、何か引っかかるものがあるはずです。

 

 

 

僕が社長にビビっていた本当の理由

以前の僕は、社長に対して強い緊張を感じていました。

何かミスをしたら評価が下がるんじゃないか。

期待を裏切ったら、見放されるんじゃないか。

 

でも、今になって振り返ると、その正体ははっきりしています。

僕は「評価される」という軸に立って、社長と向き合っていたんです。

評価される側。

選ばれる側。

認めてもらわないと価値がない側。

そういう立場に自分を置いてしまっていた。

だから、社長は「人」ではなく、「評価装置」になっていたんですね。

 

評価されるか、されないか。

必要とされるか、切られるか。

この構図に立っている限りビビらないほうが無理で、なぜなら、それは自分の存在価値を相手に握らせている状態だからです。

人は「評価される立場」に立つと、必ず怯える

これは僕だけの話ではありません。

多くの人が、上司や権威のある人を前にすると萎縮します。

それは性格の問題でも、メンタルの弱さでもありません。

単純に、「欠乏動機」が刺激されているからです。

 

評価されたい。

認められたい。

ここに居ていいと証明したい。

この欠乏が強くなると、人は恐れを感じます。

そして、その恐れが「ビビり」という形で表に出るんです。

 

つまり、ビビっている自分を責める必要はありません。

ただ、そのときの自分は「生き残るモード」だった、というだけなんです。

ある時、ビビらなくなった理由

では、なぜ僕はビビらなくなったのか。

それは、社長との関係性が変わったからではありません。

変わったのは、僕の立ち位置です。

ある時、ふと気づいたんです。

「評価される」から関わるのではなく、「自分は何を担っているのか」という視点に立っていることに。

今の僕は、福祉事業所で主任として運営に関わりながら、新たに警備会社の立ち上げも任せてもらっています。

これはもう、単なる「評価待ちの立場」ではありません。

責任を持ち、機能を果たす立場です。

 

評価されるかどうかより、どうやって事業を前に進めるか。

どうやって人を支えるか。

その視点に立った瞬間、恐れは自然と消えていました。

ビビりが消えたあとに残ったもの

ビビらなくなった今、僕の中に残ったのは、恐れではなく、リスペクトと感謝でした。

社長は怖い存在ではなく、意思決定を背負い、リスクを引き受けている一人の人間だと見えるようになった。

だから、必要以上にへりくだることもない。

でも、軽んじることもない。

リスペクトを持って関わる。

感謝を持って関わる。

それでいいんだ、と腑に落ちたんです。

実は、僕は長い間「感謝できていなかった」

ここで、少し過去の話をします。

僕は高校を卒業してから、約10年間、コンビニでフリーターをしていました。

正直に言えば、人生を諦めていた時期です。

将来の展望もない。

何かを目指す気力もない。

ただ、生き延びるために働いていた。

そんな僕を、ダブルワーク先の社長が正社員として拾ってくれたんです。

 

当時は必死でした。

感謝よりも、「ここに居続けなければ」という恐れの方が強かった。

だから、ありがたいと思う余裕がなかったというのは正直ありました。

感謝は、余裕が生まれてからじゃないと見えない

今になって、ようやく思います。

「すっげぇありがたいことをしてもらったな」と。

 

遅いなとも思いますが、これは、遅すぎたわけではありません。

なぜなら感謝は、欠乏が少し癒えたあとに、自然と浮かび上がってくるものだからです。

 

余裕がなければ、人は感謝できません。

それは冷たいからではなく、必死だからです。

だから、過去の自分を責める必要はないかなと思います。

あの時の僕は、ちゃんと生き延びていただけなんです。

恩返しとは、結果を出すことではない

「少しは恩返しできているだろうか」

そう考えたこともありました。

 

でも、今はこう思っています。

恩返しとは、もらったチャンスを無駄にしないこと。

信頼を、次につなげること。

誰かに拾ってもらった人間が、今度は誰かを支える側に回る。

それができているなら、もう十分に恩返しは始まっていると思っています。

ビビらなくなった理由の正体

ここまでをまとめると、僕がビビらずに関われるようになった理由は、とてもシンプルです。

評価される立場から、責任を担う立場に、視点が移った。

恐れで関わる関係から、リスペクトと感謝で関わる関係に変わった。

その結果、上司や社長は「怖い存在」ではなくなりました。

 

 

 

まとめ

もし今、あなたが上司にビビっているなら、それはあなたがダメだからではありません。

あなたが真面目で、ちゃんと生きようとしている証拠です。

ただ、今はまだ「評価される軸」に立っているだけ。

そこから一歩、自分の役割や責任に目を向けられたとき、関係性は驚くほど変わります。

ビビらなくてもいい。

怯えなくてもいい。

リスペクトと感謝を持って関われる関係は、きっと、あなたにも築けます。

その可能性を、どうか自分から奪わないでください。

 

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