
1年ありがとうございました。
このブログを読んでくれた人、途中からでも、たまにでも、立ち寄ってくれた人へ。
まずは、感謝を。
年末になると、「今年もよく頑張った」「まあそれなりに幸せだった」
そんな言葉で一年を締めくくる空気が流れますよね。
けれど、この一年を通して、どうしても拭えなかった違和感があるんです。
それは、問題を見て見ぬふりをしたまま、仮初めの幸せに満足している人が、あまりにも多いということ。
そして正直に言えば、それは他人事ではなく、自分自身の姿でもありました。
- 問題から目をそらす人は「弱い」のではない
- 問題と向き合うには、まず「自分事」として受け入れる必要がある
- 受け入れたあとに必要なのは「決断」
- ショート動画は、問題を忘れさせてくれる
- 自立とは「気合」ではない
- 年末に問い直したいこと
- 問題と共に、来年へ行く
問題から目をそらす人は「弱い」のではない
多くの人は、問題と向き合わない理由を「怠けているから」「意志が弱いから」と片づけたがります。
けれど、実際はそうではありません。
本当に起きているのは、もっと構造的なことなのです。
問題と向き合うには、まず「自分事」として受け入れる必要がある
問題と向き合うためには、その問題を自分の問題として認め、引き受ける必要がありますが、ここで多くの人がつまずきます。
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他責的になる
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環境や他人のせいにする
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誰かに解決してもらおうとする
こうして問題は「自分事」ではなくなり、結果として受け入れられない。
受け入れられない問題は、当然、改善にも進まない。
それは至極当然なことなのです。
受け入れたあとに必要なのは「決断」
問題を自分事として受け入れたあと、本来は次のプロセスが必要になります。
それが決断。
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やるべきことをやると決める
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変わると決める
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引き受けると決める
しかし多くの場合この「決断」を、やる気やモチベーション、外的要因の問題として捉えてしまいます。
するとどうなるでしょうか。
自分の行動を、自分でコントロールできていない感覚が残ってしまうんです。
「やる気が出たらやる」
「環境が整ったらやる」
そうして主体性は失われ、少しでも躓くと、人は簡単に問題から目をそらしてしまうのです。
ショート動画は、問題を忘れさせてくれる
向き合いたくない課題があるとき、ショート動画や簡易的な充足は、あまりにも手軽です。
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考えなくて済む
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不安を一時的に感じなくて済む
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決断しなくて済む
その場では、確かに楽になるでしょう。
けれど、問題は何ひとつ消えていません。
消えたのは「向き合う機会」だけなんです。
自立とは「気合」ではない
自立という言葉を、努力や根性の話だと思っている人も多いですが、本質は違います。
自立とは、
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問題を自分事として引き受け
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受け入れ
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自分で決断し
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行動の責任を持つこと
その積み重ねでしかありません。
逆に言えば、ここから逃げ続ける限り、どれだけ時間が経っても人は変わらないのです。
年末に問い直したいこと
この一年を、「なんとなく幸せだった」「まあ悪くなかった」で終わらせることもできるでしょう。
でも、それは本当に納得のいく一年だったのでしょうか。
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見て見ぬふりをしてきた問題はないか
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逃げ続けている課題はないか
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決断を先延ばしにしていることはないか
年末は、解決するための時間ではなく、問い直すための時間です。
問題と共に、来年へ行く
問題から目をそらしたまま迎える新年と、問題を抱えたままでも「自分事として引き受けて迎える新年」。
その差は、想像以上に大きいです。
完璧である必要はありませんし、強くある必要もありません。
ただ一つ、見て見ぬふりをしないこと。
それだけで、来年の景色は確実に変わります。
今年を、逃げた自分ごと終わらせないために、最後に自分と向き合ってみてはいかがでしょうか。
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