2025年もありがとうございました──それでも、問題から目をそらしたまま年を終えてはいけない



1年ありがとうございました。

このブログを読んでくれた人、途中からでも、たまにでも、立ち寄ってくれた人へ。

まずは、感謝を。

 

年末になると、「今年もよく頑張った」「まあそれなりに幸せだった」
そんな言葉で一年を締めくくる空気が流れますよね。

けれど、この一年を通して、どうしても拭えなかった違和感があるんです。

 

それは、問題を見て見ぬふりをしたまま、仮初めの幸せに満足している人が、あまりにも多いということ

そして正直に言えば、それは他人事ではなく、自分自身の姿でもありました。

 

 

 

 

問題から目をそらす人は「弱い」のではない

多くの人は、問題と向き合わない理由を「怠けているから」「意志が弱いから」と片づけたがります。

けれど、実際はそうではありません。

本当に起きているのは、もっと構造的なことなのです。

問題と向き合うには、まず「自分事」として受け入れる必要がある

問題と向き合うためには、その問題を自分の問題として認め、引き受ける必要がありますが、ここで多くの人がつまずきます。

  • 他責的になる

  • 環境や他人のせいにする

  • 誰かに解決してもらおうとする

こうして問題は「自分事」ではなくなり、結果として受け入れられない

受け入れられない問題は、当然、改善にも進まない。

それは至極当然なことなのです。

受け入れたあとに必要なのは「決断」

問題を自分事として受け入れたあと、本来は次のプロセスが必要になります。

それが決断

  • やるべきことをやると決める

  • 変わると決める

  • 引き受けると決める

しかし多くの場合この「決断」を、やる気やモチベーション、外的要因の問題として捉えてしまいます。

するとどうなるでしょうか。

自分の行動を、自分でコントロールできていない感覚が残ってしまうんです。

「やる気が出たらやる」

「環境が整ったらやる」

そうして主体性は失われ、少しでも躓くと、人は簡単に問題から目をそらしてしまうのです。

ショート動画は、問題を忘れさせてくれる

向き合いたくない課題があるとき、ショート動画や簡易的な充足は、あまりにも手軽です。

  • 考えなくて済む

  • 不安を一時的に感じなくて済む

  • 決断しなくて済む

その場では、確かに楽になるでしょう。

けれど、問題は何ひとつ消えていません。

消えたのは「向き合う機会」だけなんです。

自立とは「気合」ではない

自立という言葉を、努力や根性の話だと思っている人も多いですが、本質は違います。

自立とは、

  • 問題を自分事として引き受け

  • 受け入れ

  • 自分で決断し

  • 行動の責任を持つこと

その積み重ねでしかありません。

逆に言えば、ここから逃げ続ける限り、どれだけ時間が経っても人は変わらないのです。

年末に問い直したいこと

この一年を、「なんとなく幸せだった」「まあ悪くなかった」で終わらせることもできるでしょう。

でも、それは本当に納得のいく一年だったのでしょうか。

  • 見て見ぬふりをしてきた問題はないか

  • 逃げ続けている課題はないか

  • 決断を先延ばしにしていることはないか

年末は、解決するための時間ではなく、問い直すための時間です。

 

 

 

問題と共に、来年へ行く

問題から目をそらしたまま迎える新年と、問題を抱えたままでも「自分事として引き受けて迎える新年」。

その差は、想像以上に大きいです。

完璧である必要はありませんし、強くある必要もありません。

ただ一つ、見て見ぬふりをしないこと。

それだけで、来年の景色は確実に変わります。

今年を、逃げた自分ごと終わらせないために、最後に自分と向き合ってみてはいかがでしょうか。

 

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