
僕たちはよく、「逃げてもいいんだよ」と言われます。
辛いことや苦しい状況から離れることを許してくれるこの言葉は、優しさの象徴のように聞こえますよね。
しかし、この言葉をそのまま免罪符としてしまうと、思わぬ落とし穴にはまってしまうことがあります。
僕がここで伝えたいのは、「逃げるべき環境はあるけれど、自分からだけは逃げてはいけない」ということです。
この記事では、なぜ「自分から逃げること」が問題になるのか、そしてどうすれば自分と向き合いながら生きていけるのかを具体例とともに解説していきます。
「逃げてもいい」の本当の意味
まず、言葉の意味を整理してみましょう。
「逃げてもいい」というのは、基本的には外的環境から自分を守るための行動に対する許可です。
たとえば、理不尽な上司の下で働くことや、身体的・精神的に危険な関係から距離を置くことは、逃げるべき状況の典型例です。
この場合、逃げることは自己防衛であり、決して恥ずかしいことではありません。
しかし問題なのは、この言葉が自分の内面に向き合う行動を正当化する盾になってしまうことです。
例えば、僕たちは次のような場面で「逃げてもいい」を使いがちです。
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やりたくないことに挑戦する勇気が出ないとき
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自分の感情や欠乏感に直面することが怖いとき
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自分の弱さや未熟さを認めたくないとき
このようなケースでは、「逃げてもいい」という言葉を盾に、自分自身から目を逸らすことが起きます。
自分から逃げることのリスク
自分から逃げることの怖さは、表面的には楽に見えるのに、長期的には自分の成長を阻害する点にあります。
ここで具体例を挙げてみましょう。
仕事の課題からの逃避
例えば、僕があるプロジェクトで大きな責任を任されたとします。
初めはプレッシャーや不安が大きく、「逃げてもいい」と思いながら後回しにしてしまう。
しかし、期限は容赦なく迫ってくるため、逃げた分だけ負担が膨れ上がります。
結果として、精神的に追い詰められ、余計に辛い状況が生まれてしまいます。
このケースでは、「逃げてもいい」は一時的な安堵をもたらすかもしれません。
しかし、自分と向き合わずに課題から逃げることで、自分の成長や責任感を阻害する結果になります。
感情からの逃避
もう一つは、感情に関する例です。
たとえば、人間関係で傷ついた経験を思い出すとき、痛みや悲しみから逃れたくなることがあります。
「逃げてもいい」と自分に言い聞かせ、過去の出来事を思い出さないようにする。
この場合、心は一時的に楽になりますが、根本的な問題は解決されません。
むしろ、同じパターンを繰り返す可能性が高くなります。
自己理解からの逃避
最後に、自己理解や欠乏感との向き合いも同様です。
僕たちは、自分の弱さや未熟さ、欠乏感に直面することを避けたくなるもの。
しかし、それを避け続けると、自分を正しく理解できず、自己受容や自己成長の機会を失ってしまいます。
「逃げるべき」と「自分から逃げる」の違い
ここで重要なのは、逃げるべき環境と自分から逃げることは別物だという認識です。
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逃げるべき環境
身体的・精神的に危険な環境、理不尽な状況から距離を置く行動。
例:ハラスメント職場から退職する、暴力的な関係から離れる。 -
自分から逃げる行動
自分の感情・欠乏・課題・責任から目を逸らす行動。
例:やるべきことを後回しにする、過去の傷を思い出さない、自己理解を避ける。
逃げるべき環境に逃げることは、自己防衛であり合理的です。
しかし、自分から逃げることは、自分の成長や成熟を阻害するため、長期的には害になります。
自分から逃げずに生きるための方法
では、自分から逃げずに生きるにはどうすればよいのでしょうか。
僕は、以下の3つのステップが有効だと考えています。
1. 思考・感情・欲求を分離して観察する
まずは、自分の内側で起きている思考・感情・欲求を切り離して観察することです。
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「不安だ」と感じている自分
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「やりたくない」と思う自分
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「逃げたい」と考える自分
これらをすべて自分としてではなく、観察対象として認識することが大切です。
そうすることで、感情に飲まれず、冷静に状況を判断できるようになります。
2. 小さな課題から向き合う
自分から逃げないためには、一度に大きな問題に挑もうとする必要はありません。
小さな課題から向き合い、成功体験を積み重ねることで自信が育ちます。
たとえば、仕事で大きなプロジェクトに不安を感じるなら、まずは小さなタスクから取り組む。
感情の課題であれば、日記に思いを書き出すことから始める。
これだけでも、自分から逃げない習慣を育むことができます。
3. 逃げたくなったら意味を考える
逃げたい感情が湧いたときには、「本当に環境から逃げるべきか、それとも自分から逃げようとしているのか」を意識して考えることが大切です。
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環境的な危険や不合理さから逃げるなら正当
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自分の課題や感情から逃げるなら注意
この判断を意識するだけでも、無意識の逃避を減らすことができます。
逃げてもいい、ただし自分からは逃げない
結局のところ、「逃げてもいい」という言葉は、正しく使うことで自分を守る力になります。
しかし、それを盾に自分から逃げることは、成長を止める毒になりかねません。
僕自身も、過去に「逃げてもいい」という言葉を自分への免罪符にしてしまった経験があります。
辛い課題から目を背け、感情を無視してやり過ごすことで、一時的に楽になりました。
しかし、長い目で見れば、課題は残り、自己理解も深まらず、何より自分に失望しました。
逆に、自分から逃げずに向き合ったとき、辛さはあっても自己成長や安心感が生まれたました。
自分と向き合うことは苦しいけれど、その先に自由や自信があるのです。
まとめ
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「逃げてもいい」は環境から自分を守るための言葉
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しかし、自分から逃げることを正当化する免罪符にしてはいけない
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自分から逃げないためには、思考・感情・欲求を観察し、小さな課題から向き合い、逃げたい感情の意味を考える
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自分と向き合うことは苦しいけれど、それが本当の成長と自由につながる
逃げることは決して悪くありません。
重要なのは、「自分から逃げずに生きる」こと。
僕たちが本当に大切にすべきなのは、他者でも環境でもなく、自分自身との向き合い方なのです。
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