僕たちは失敗を避けようとする。
失敗はダメなものだとして、価値のないものだとする。
そうして避けていくうちに、僕たちは失敗をしない人生を選ぶようになりました。
安心、安全に包まれた、変わり映えのない日々。
確かに失敗がない平穏は良いものかもしれない。
ただ、その選択で生まれた人生は、心躍るものでしょうか。
その選択で生まれた人生は、色鮮やかに輝いているでしょうか。
僕たちは失敗を回避することに夢中で、何か大切なものを見失っているのではないかなと、ふと思ったんです。
僕たちが失敗を避けることで失っているもの。
失敗を避けることで得ているもの。
今回の記事では、失敗の裏に潜むものについて考えていきたいと思います。
失敗を避ける理由
僕たちは失敗を避けて生きてきた。
ただそれは、ダメなことではありません。
失敗を避けるのも、自分を守るための防衛本能なのです。
だから失敗しない人生を歩んできたからといって、そんな自分がダメかと言えば、そうではない。
それは生き抜くために必要な選択だったのです。
失敗の裏にあるもの
僕たちが失敗を避けるのは、失敗をすることにデメリットがあるから。
すごく当たり前なことですけど、これがすごく大事なことで。
僕たちは失敗をすることに対して何かデメリットを感じているわけです。
じゃあそれは何かって話なのですが、それが「損失に対する恐怖」と言えます。
要するに、僕が大好きな「欠乏感」が関与しているのです。
人は欠乏を嫌います。
なぜなら、それは死に繋がるからです。
だから本能的に欠乏を避けようとします。
そして失敗というのは欠乏を生むものだから、どうしても失敗を避けてしまうというわけです。
例えば、好きなあの子に告白をしたい。
けど、失敗が怖くて告白できない。
ただ、その感情を深掘ると、怖いのは失敗ではなく、告白した結果相手の好意を欠乏するのが怖いのです。
例えば、めちゃくちゃ伸びそうな投資をしたい。
けど、失敗が怖くて投資できない。
これもまた、怖いのは失敗ではなくて、投資した結果お金を損失することが怖いのです。
いずれも、僕たちが恐れているのは失敗自体ではなく、欠乏を恐れているのです。
失敗自体は怖くない
いやいや、失敗が怖いんだと言いたげなあなたに、一つ失敗自体は怖くないという例を提示したいと思います。
あなたが神経衰弱をプレイするとします。
トランプを裏返しにし、同じ絵柄を揃えるあのゲームです。
あなたのターンに、あなたはトランプを2枚めくりましたが、揃わずに相手のターンとなりました。
これ、怖いですか?
絵柄が揃ってない時点で、あなたは失敗をしています。
でも、別に怖くはない。
ただ、揃えられなかっただけ。
この例からも分かる通り、僕たちが失敗を恐れるのは、失敗自体ではなく、失敗による欠乏を恐れているのです。
欠乏を受け入れる
失敗を恐れずに行動するということは、欠乏を恐れずに行動するということです。
それは欠乏してもいいと腹を括るということです。
自分が損をしたくないと思えば思うほど、何かを失いたくないと思えば思うほど、あなたは行動できなくなる。
そうならないために、欠乏する未来をある程度受け入れることが大切なのです。
あの子に告白したいけど告白できないのは、あの子からの好意、今の関係、これからの未来など、様々なものを失いたくないから。
それを失ってもいいと、その執着を手放すことが大切なのです。
そのためにも、まずは何を恐れているのかを特定してみましょう。
失敗することで、何を失うのが怖いのかを自覚するのです。
それはもしかしたらお金かもしれないし、愛かもしれないし、社会的立場かもしれないし、自己価値かもしれない。
色々な形の恐怖があるはずですから、それを特定しましょう。
そうして見える化することで、恐怖心というのは小さくすることができるのです。
そして、恐怖が特定できたらそれを損失した未来について考えてみましょう。
それを損失したとして、自分はどう生きるのだろう。
本当に執着するほど、失ってはいけないものなのでしょうか。
考えてみると、意外と失っても生きていけることがわかるはずです。
そうして自分の欠乏に対する恐れと対峙していくことで、失敗を恐れずに生きることができるようになるのです。
まとめ
僕たちは失敗を避けることで、心の安全を守ってきました。
けれど、失敗を恐れて行動しないことで、失っているものも確かにあるはずです。
本当に怖いのは「失敗」ではなく、「その結果として何かが欠けること」。
その恐れを受け入れたとき、僕たちは初めて、自由に選び、挑戦し、生きることができるようになります。
あなたが今、恐れている“失敗の裏側”には、どんな欠乏が隠れているでしょうか?
そこに向き合うことが、失敗に縛られない人生の第一歩になるのかもしれません。