不安や悩みのない人生に。

欠乏感を解消して、ありのままの自分で生きよう。

よくぞここまで歩いてきた

人生がしんどいって?

ダメな自分が認められないって?

 

そんなあなたはきっとたくさんの努力をしてきた人なのだろうなと思います。

 

正しくあるために、価値ある人間として生きるために、誰かが不幸にならないために、とにかく自分を犠牲にして生きてきた。

 

自分の不幸を飲みこんで、自分が我慢すればいいやとただただ耐え忍んできた。

 

だからもう人生がしんどくなってしまっているのだと思います。

 

過去から自分を抑圧して自己犠牲的な生き方をする癖がついてしまっている人は、どうしたって選択の場面において自分を蔑ろにしてしまう。

自分「なんか」よりも他人を優先してしまう。

 

そんな生き方で、苦しくないはずがないじゃないですか。

 

そう、あなたは苦しくなるべくして苦しくなっている。

でも、それはあなたがそれだけ頑張ってきたということ。

孤独に耐え忍んできたということ。

 

もしも人生がしんどくて逃げ出したくなってしまっているのであれば、一度自分自身に対して認めるという行為をしてあげて欲しいのです。

 

過去に積み上げてきたものは確かにあって、それが自分を守り抜いてきたという事実を、あなたには認めてほしいのです。

本日の記事はそんな過去のあなたの努力に目を向ける記事となっております。

ぜひ最後までご覧ください。

 

 

 

よくぞここまで歩いてきた

まずね、あなたが今日という日まで生き抜いてきたことを讃えたい。

よくやった。

よくぞここまで歩いてきた。

 

振り返れば、あなたの足跡が遥か彼方まで繋がっているのが見えるでしょう。

今あなたがどこにいるのかは関係ありません。

 

あなたがここまで歩いてきた。

その命を絶やすことなく紡いできた。

その事実が何よりも大切なのです。

 

頑張ってきましたね。

でも、もしかしたらそんなことは当たり前のことのように感じるかもしれません。

 

生きることなんて当たり前。

みんな当たり前のように生きている。

 

それでも、それでもです。

みんなが当たり前のようにしていることだとしても、それでもここまで歩き続けてきたあなたの努力には大きな価値があるんです。

 

決して平たんな道ではなかった

あなたが歩いてきた道は、決して平たんな道ではなかったでしょう。

勾配の急な坂道や、舗装されていない悪路を歩いてきたことだってある。

 

ずっと苦労してきたんです。

その度に耐えて、耐えて、耐え抜いて、今ここまで生きてきたんじゃないでしょうか。

 

その努力を、耐え抜いた努力を肯定する必要はありませんが、せめて努力してきたんだと認めてあげることくらいはしてあげてもいいと僕は思うのです。

 

もしかしたら、今のあなたは誰からも認められることもないし、愛されることもなくて、そんな自分を認めることなんてできないと感じているかもしれません。

 

気持ちは分かります。

証拠として結果がないと納得しにくいですからね。

 

ですが、あなたが認めるべきは過程です。

結果何て言うのは、今のあなたが何者なのであろうが、それは関係ないのです。

 

あなたはいわゆる「普通」の人よりも苦難の人生を歩んできました。

 

オアシス1つない砂漠の中を歩んできたし、暖も取らずに吹雪く雪山の中を歩んできたし、燃え盛る炎の中をその身一つで歩んできたし、爆撃の止まない戦争地域を歩んできた。

 

そのような苦労をしてきたのです。

 

よく生きてきたじゃないか。

いつ死んでもおかしくない、地獄のような日々をあなたは何年も耐え抜いてきた。

生き延びるために、どこかにあるだろう幸せを探して歩き続けてきたんです。

 

何者でもない勇者

誰よりも戦ってきたんです。

 

確かにあなたはまだ何者でもないかもしれない。

なにも成していない村人Aかもしれない。

 

それでも、人には見えないところで戦い抜いたあなたの人生を、あなたが否定してはいけないんです。

あなただけは分かっているのだから、こんなことは大したことじゃないといって否定してはいけないんです。

 

あなたは間違いなく勇者だ。

あなた自身を世界から守り続けてきた。

孤独という恐怖に負けることなく、踏ん張り続けてきたのだ。

 

よくぞ、よくぞここまで戦い抜いた。

 

ツラい日々もたくさんあったでしょう。

もう戦えないと、その剣を手から落としたこともあったでしょう。

 

でも諦めずに戦い抜いた。

少なくともこの記事を読む今日までは、戦い抜いて生き延びてきた。

 

それこそが、あなたが残した偉業なのです。

 

戦地で20年も生き抜いた人と、平和ボケした国で20年生き抜いた人は前提が違います。

だから今を比べたって仕方ないんです。

平和ボケした国で生き抜いた人は命の危険がないから自己実現できますよ。

何者かになれているでしょう。

 

ただ、あなたは戦地にいた。

明日死ぬかもしれない状況で、20年生き抜いたとしたら、それは生きているだけですごいことなのです。

 

大丈夫。

あなたはその戦地から抜け出したときに戦い抜けるだけの力はある。

今はただ、戦地にいるからそこまでエネルギーを割けていないだけなのです。

 

 

 

まとめ

本当に、よくぞここまで歩いてきました。

 

苦難の道を強いられながらも、負けることなく歩き続けているあなたに僕はリスペクトを贈ります。

 

今のあなたに必要なのは、その場で耐え忍ぶ努力からその地獄を抜け出す努力に切り替えていくこと。

 

そのツラさ、しんどさからあなたは抜け出せるのです。

 

共に歩んでいきましょう。

人生はモノクロではなく、色鮮やかに光っているのです。

 

あなたの人生が色づいていくまで、僕は並走していきます。