不安や悩みのない人生に。

欠乏感を解消して、ありのままの自分で生きよう。

間違った生き方から正しい生き方へ

僕は様々な人と関わる機会がありますが、大抵の人は生き方を間違えています。

 

急に生き方が間違っているなんて、失礼極まりない奴だな!と思ったことでしょう。

 

でも安心してください。

別に今のあなたの人生を否定している訳ではありません。

 

ただ僕が思うに、人生において間違えた学びをしてしまうと、そしてそれが間違えているということに気が付かずに人生を過ごしてしまうと、人は後悔することになるし、どこかで人生が上手くいかなくなります。

 

さてなんでこんな知ったような口をきいているのでしょうか。

はい、案の定過去の僕もそうだったからです。

 

ワンパターンかよ。

 

でも本当に、自分が間違った生き方をしていたせいで、大分苦労しました。

解決すべき問題も解決することが出来なかった。

 

だからみなさんには僕の事例を参考に正しい生き方にシフトしてほしいのです。

まじでもったいないから。

それ、正解だと思ってるけど正解じゃないから。

 

ってことで、今回の記事を読んで、ぜひ自分の生き方を再確認する機会にしていただければと思います。

 

 

 

間違った生き方

さて。

僕の生き方の何が間違っていたのかお教えしましょう。

 

それは、自分を偽ることで物事を円滑に進めるということです。

 

はいあなたもやってた~!

絶対あなたもやってた~!

 

あ、ごめんてブラウザバックしないでって。

うざかったのは謝る。

けどやってたでしょ。

 

そう。みんなやってるんです。

自分を偽って物事が円滑に進むよう、問題が起きないよう、自分にメリットが起きるよう場をコントロールしようとするんです。

 

僕ね、人間関係が苦手だったんです。

無意識に失礼なこと言って嫌われるし、なんでか分からないけどいじめられたし、どうすれば他人と仲良くなれるかも分からないし、とにかく人間関係が苦手でした。

 

でも社会って人と人の繋がりで出来てるもんだから、関わらないなんてことは出来ない。

 

で、ありのままの自分でいたら嫌われるし好かれないってことが分かってたから、ぼくは人間関係を学習していったんですね。

 

ただそれが間違っていたんです。

 

嫌われないために、自分を押し殺して他人の意見に従うようにした。

嫌われないために、自分の個性を殺して世間一般の価値観に染め上げた。

 

好かれるために、思ってもいない言葉で他人を褒めた。

好かれるために、自分を大きく見せようとした。

好かれるために、精神的に成熟した人を演じた。

 

めっちゃ努力した。

めっちゃ努力したけど、どの努力も間違っていたんです。

 

正しい努力とは

間違った努力が「自分を偽ること」なら正しい努力って何なんでしょう。

正しい努力というのは「偽らずにいられるよう、自分を成熟させること」です。

 

そう、僕は本当は自分を成熟させようと努力しなければならなかったのに、どうしてか自分を偽る方向に進んでしまっていた。

 

だからずっと苦しかった。

偽り続けなければいけなかったから。

自分を偽るってことは、ありのままの自分を否定するっていうこと。

 

そりゃ苦しいよ。

誰だって自分のこと否定されてたら悲しいもん。

 

そんなことを長年自分に対してやっていたんです。

 

僕に必要なのは、相手の反応を伺うことではなかったんです。

僕に必要だったのは、自分の未熟なところを素直に認め、改善に努めることだったんです。

 

みんな各々努力している

ここで言っておきたいのは、僕はあなたが自分自身を偽るという努力をしていることを否定はしないということです。

 

過去の僕もそうですが、当人にとってはそれが最適解だからそうしていたんです。

自分を偽ることでしか生きられなかった。

仕方がなかったんです。

 

ただ、その仕方ない選択が、間違っていたという話。

 

だから、あなたはすごく頑張って生きているんです。

どれだけ苦しかろうが、あなたは懸命に生きている。

 

僕はそこを評価したい。

 

自分を押し殺して他人に迎合するなんてのは、本当にツラいことです。

当たり前のこと過ぎて何も感じてないかもしれませんが、本当にツラいし、苦しいし、エネルギーが必要なことです。

 

今まではそのやり方でよかったでしょう。

でも、毎度毎度自分を捻じ曲げて、その都度ストレスを感じているのなら、努力の方向性を変えてみませんか。

 

自分を否定する努力から、自分を受容する努力へと変えていくのです。

 

未熟な自分で生きる

社会で生きるということは、成熟した人間性が求められます。

だからみんな未熟なのに成熟したフリをして生きている。

だから苦しい。

 

だったらいっそのこと、自分が未熟であることを認め、未熟に生きてみたらいいんです。

良い人を演じる必要はありません。

 

もしも未熟に生きることで失うものがあったとしたら、それは本来あなたが手に入れるべきものではなかったということです。

 

あなたがあなたを否定し、偽っていたことで手に入っていたものなのです。

 

僕は自分を偽ることをやめて彼女に全てを曝け出したところ、フラれた経験があります笑

 

そう、未熟なんだから仕方ないのです。

でも、未熟なんだからもう頑張らないとか、そういう仕方ないではなく。

 

未熟なんだから成熟できるように取り組んでいこうというのが、今回伝えたい正しい努力なんです。

 

未熟な自分を認めて、その自分がより良くなるよう取り組んでいきましょう。

未熟な自分は隠すものではなく、育てていくもの。

 

この意識が、生き方を左右するのです。

 

 

 

まとめ

大半の人が生き方を間違えていると思います。

自分を偽らない人なんているのかってくらい、ほとんどの人は自分を偽っている。

 

だから不幸なんです。

 

自分の抱えている問題はその隠している部分なのに、その本質的な問題から目を逸らしているから、いつまで経っても成長しないんです。

 

未熟に生きよ。

自身の未熟さに打ちひしがれよ。

 

そのうえで、より良い自分を求めていくことが「大人になる」ってことなんじゃないかな。