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与えるのではなく受け入れる

前回の記事で書いてましたが、愛されたければ与えろという話。

 

与えることって確かに大切だけど、何を与えるかって大事だよなって思ってまして。

結局のところ与える動機を整えた後は与えていくことになるので、ここも抑えておかないとエラーが起こりやすいのです。

 

とにかく与えればいいと考えてなんでもかんでも与えていると、どこか都合のいい人間として扱われてしまったりもするので、与えるものには細心の注意を払わなければなりません。

 

では、何を与えればいいのでしょうか。

何も高額なものを与える必要はありません。

 

ただ、相手を受け入れてあげればいいのです。

 

今回の記事では、愛される生き方として「他者受容」というものについてお話していきます。

ぜひ最後までご覧ください。

 

 

 

何を与えるのか

「愛されたければ与えろ」というのは、何も物を与えろということではありません。

仮に毎回食事をご馳走していたとしても、何度もプレゼントを贈っていたとしても、愛されない時は愛されないのです。

 

ではなぜ愛されない時があるのかというと、それはあなたが相手を受け入れていないからです。

 

相手のありのままをあなたが否定しているにも関わらず、その状態で相手に何か物を与えたところで、相手があなたを愛するはずがないのです。

それは、相手を受け入れていないことは、相手を愛していないというメッセージ他ならないから。

 

あなたがまず相手を愛すること、それが愛されるためには大切なことなのです。

つまり、愛されるために相手に与えるものとは、愛なのです。

 

他者受容こそ愛である

物ではなく、愛を与える。

それが人間関係においては重要なのです。

 

もちろん、物を与えることがダメだとは言っていません。

気持ちのこもった、相手のために贈るプレゼントは遠慮せずに贈るべきです。

しかしながら、愛されたい人はつい自分のために他者にプレゼントを贈ってしまう。

 

それは迎合であり、都合のいい人間として扱われるだけです。

 

そうではなくとも、あなたが高い代償を払わなくとも、あなたは愛されるようになれるのです。

 

それが他者受容。

相手のありのままを受け入れます。

抽象度が高い言い回しなので具体的に言うなれば、相手の意見を尊重するということです。

相手のダメなところを否定しないということです。

どんな相手の姿でも、それが良いと認める器の大きさを持つということです。

 

ここでもう少し具体的に他者受容とはどんなことか考えましょう。

 

例えば相手が貧乏でお金がないとします。

彼は言います。「僕には大金を稼ぐ能力がない」と。

 

ここであなたならなんと言うでしょう。

ここであなたが「そんなことないよ」ということが他者受容ではありません。

 

大金を稼ぐ能力がないことは事実なのですから、それを「そんなことない」と否定することは、彼自身を否定していることと変わりないのです。

 

なので、あなたはこう言うべきなのです。

「確かに大金を稼ぐ能力はないかもしれないけど、それでもそんなあなたが好きだ」

 

これが他者受容なのです。

どんなあなたでも、弱いところも含めて価値を感じているというメッセージこそが他者受容なのです。

 

受容とは味方の証明である

受け入れるというのは味方である証明です。

 

いつでもあなたの味方だよというメッセージです。

だから愛されるのです。

 

自分の敵である存在にどうして愛を与えることができるでしょうか。

あなたもそうでしょう。

自分の味方だと思うから、愛を注ぐことができる。

 

だから受け入れるのです。

何も高価なものを贈らなくても、受け入れるだけでいいのです。

 

あなたはきちんと味方であるというメッセージを贈れているでしょうか。

きっと贈れている人は少ないと思います。

 

未熟でもいいよと、メッセージが伝えられるよう、普段から意識して過ごしていくことが大切なのではないかと思います。

 

 

 

まとめ

愛されたければ与えろというのは、物を与えるということではありません。

与えるのはあなたの心です。

つまりは愛です。

 

相手を受け入れるだけでいいのです。

 

そのままのあなたで十分に価値がある。

未熟なあなたもままでも好きな気持ちは変わらない。

 

こういったメッセージが相手に伝わったとき、愛されるようになるのだと思います。

 

弱さを愛しましょう。

相手の喜びを祈りましょう。

 

別に特別なことはしなくても、僕たちはみんなにとって特別な存在になれるのです。