【脱不幸論】自分だけの人生を。

自己理解、自己受容を通してなりたい自分になるお手伝いを。

生きているだけで価値がある理由

こんにちは、たけうちです。
はじめましての方は、こちらの記事もご覧ください。

 

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僕のような情報発信をしている人がみんな口を揃えて言うことがあります。

それが「あなたは生きているだけで価値がある」や「あなたはありのままの姿で価値がある」といった言葉です。

 

自己無価値感を否定するための気休めにしか聞こえず、どう足掻いても自分に価値があるとは思えないので、こういった感覚を納得することができずにいる人も多いのではないでしょうか。

僕もその1人でした。

だってどう考えたって価値を感じられないじゃないですか。

平野紫耀くんのようにかっこいい訳でもない自分の容姿に価値を感じることなんて出来ないですし、だらしない身体を見たらこれで価値があるなんてのも思うことは出来ないのです。

 

自分が価値がないと思うものに価値があると言われても、やはり自分としては価値がないのだから価値を感じることは難しいわけです。

自己無価値感に苦しんでいることは当たり前と言えば当たり前であり、それを強引に価値があると思おうとすること自体が自己否定に繋がっていってしまうのです。

 

さて、ここまで価値がないものは価値がないという話をさせていただきました。

ですが今回の記事のテーマは「生きているだけで価値がある理由」です。

 

そうなんです。

生きているだけで僕たちには価値があるのです。

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僕がこの記事を書き終わったタイミングで気付いたことを、今日は皆さんに共有できればなと思っています。

ぜひ最後までご覧ください。

 

 

 

 

なぜ誰にでも平等に価値があるのか

自分に価値を感じられない人のために、順を追って説明していきたいと思います。

 

上記リンクの記事でも軽く触れていますが、価値とは観測者から見た魅力です。

観測者が変われば物事の価値も変わってしまうので、価値とは本質的なものではなく、あくまでも他人の感想に過ぎないのです。

 

そんなフワフワしたものに振り回されないで生きることが大切だよねという話でした。

 

そして、他人の価値は変わってしまうからこそ、変わらない価値を見出し、その価値観に従って生きることが大切だと書いたのですが、記事を書いた後にさらに本質的な部分に気付いたのです。

 

本質的な価値、他者からの評価で変わらない普遍的な価値とは、事実であるということです。

 

事実こそが、僕たちの価値であると言えるのです。

前回の記事で、コーヒーは好きな人も嫌いな人もいて、たとえコーヒーが嫌いな人がいたとしても、それでコーヒーの価値が下がることはないという話をしました。

 

コーヒーの価値が人々の嗜好で変動しないのは、コーヒーの事実、つまりコーヒーがもつ特性こそが価値であるからです。

 

コーヒーの味、香り、見た目から値段まで、コーヒーの持つ全ての特性が本質的な価値なのです。

そして、その本質的な価値を僕たちが観測者として捉えることで、コーヒーに価値があるかないかという判定が下されるのです。

 

コーヒーも人も同じです。

あなたにはあなただけの事実、つまり特性があります。

容姿はこうで、性格はこうで、仕事はこうで、という善悪の判定を入れない事実こそがあなたの価値なのです。

だから、誰にでも価値はあるのです。

誰かにとって価値があるかどうかではなく、価値自体はそもそも存在しているのです。

 

その価値を良いと思うかどうかは観測者次第であり、良いと観測されないからといってあなたに価値がないというわけではないのです。

 

本質的価値を大切にする

あなたは生きているだけで価値があるというのは、言い換えると、あなたは生きているだけで本質的価値を抱えているということになります。

 

本質的価値、つまりあなたを構成する事実自体があなたの価値となっているのです。

良い部分も悪い部分も含めてあなたの価値なので、どう足掻いてもあなたには価値が生まれてしまうのです。

 

その本質的価値を自分の価値観に従ってより良くしていくこと、それが自己実現であり、だからこそ自分が良いと思える生き方をすることが大切なのです。

 

あなたの本質的価値を、あなたが価値が感じられるような本質的価値に磨き上げていくことで、あなたという観測者が価値を感じられるようになり、自分を肯定できるようになるのです。

 

誰かにとっては価値がある

あなたの本質的価値は、誰かにとっては価値があるのです。

あなたの全てが誰にとっても価値がないなんてことはあり得ません。

好き嫌いはコインの裏表のようなものです。

嫌いと思う人がいるということは、同時に好きと思ってくれる人もいるのです。

 

だから、自分では価値がないと思っていても誰かにとっては価値がありますし、そもそも本質的価値をあなたは持っているので、自分は無価値だなんて思わなくていいのです。

どう足掻いてもあなたには価値があってしまうのです。

 

大切なのは、これからその本質的価値をどう磨いていくかです。

自分の本質的価値を最大限に磨き上げるということが人生を生きるということなのです。

 

言葉に騙されるな

価値がある、価値がないという言葉が僕たちを騙しているような気がしてなりません。

価値はある、ないではないです。

価値を良いと思えるか、思えないかなのです。

 

正しく表現していないから、まるで価値を感じてもらえなければダメなように思ってしまうのですが、現実は全く違ったのです。

 

価値はどう足掻いてもあるのです。

その価値を観測者が良いと思えるか思えないかというだけの話だったのです。

 

 

 

まとめ

こんな簡単なことに振り回されて、僕たちは自分の価値を求め苦しい毎日を過ごしていました。

もう苦しい努力をする必要はないのです。

ただ、純粋に自分が満足できる自分でいるだけで良いのです。

 

どんなあなたでも、どれだけ最低なあなたでも価値自体はあります。

ただ、その本質的価値をどうしていくかはあなた次第です。

 

より良い自分を目指して本質的価値を磨くことが、より良い人生にも繋がりますから、ぜひとも本質的価値を磨いて欲しいなと思っています。

 

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